僕を採用してくれた人の中心人物が、ある古狸の教授だったとしよう。僕が真っ先にやらなければならないことは、その古狸に日参することである。ここで手を抜いてしまうと、大変な災難が待ち受けている。古狸は、つむじを曲げてしまうのである。ひとたびつむじを曲げた古狸は、決して元には戻らない。曲げっぱなしなのである。古狸は、巣穴に閉じ籠ってしまい絶対に穴から出てこない。穴の前に、おいしそうなご馳走を並べて、ほら出ておいで、古狸ちゃん早く出ておいで、といくら誘っても無駄なことである。なぜなら古狸ちゃんは、巣穴の中にちゃんと食糧を備蓄しているからである。古狸ちゃんは運動もしないで食っちゃ寝、食っちゃ寝ばかりしているものだから、そのうちにだんだん太ってくる。おなかも三段腹になってくる。そうすると、ある日突然、よし穴から出てやろうと決意しても、クマのプーさんみたいにおなかまわりの直径が穴の直径よりも大きいものだから、穴から出られないのである。
僕は正直なところ、国文学が専門の大学教授になりたかった。だけど、僕が採用された大学が三流の無能教授だらけの大学だったら、きちんと研究業績をあげることができたとしても絶対に長続きしないだろう。だいたいにおいて僕は子どもの時分から無愛想でかわいげがなかったのであり、人に心にもないお世辞を言う芸当は、とてもできそうにない。1回や2回ぐらいなら、無理してでもぶきっちょに言えるかもしれないが、それが毎日のようにずっと続けなければならないとしたら、完全にお手上げである。
無能な古顔の教授は、心にもないお世辞やおべんちゃらを言われると、それがお世辞だということが見え見えだとしても、心にしみてうれしく感じる。これはこの古狸が無能であるが故に、自分の本業において何の仕事もしていない、何の成果も挙げていないことに強い劣等感にさいなまれているからである。そこでこの教授は本業のほうをそっちのけにして、自分の受け持ちの講座内の雰囲気にばかり気を使うようになる。その雰囲気は、自分を持ち上げ称賛さえしてくれるものでなければならない。このような雰囲気に少しでも適合しない人物がいれば、たとえ有能な人物であっても容赦なく粛清される。あとに残るのは、自分と同じように無能な人物ばかりである。自分が退職するときには、当然、自分と同じように無能で巧言令色を地でいくような人物が指名される。こうして無能教授は再生産され続けていくのである。おそらく永遠に。
“Jungian”には自我はない。そして龍谷大学文学部の小島勝教授はほとんど“Jungian”といっていいのだから、小島教授には自我がない。自我がなければ、仕事において有能でありうるはずがない。
このような本業で仕事のできない人物を長年にわたって雇用することは、いかに社会的損失が大きいか、文部科学省はちゃんと考えてもらいたい。
龍谷大学。早く犯罪の後始末をしてくれ。俺が龍大に何をしたのか。どうして詐欺に遭わされられ、犯罪の被害を訴えても返事もくれないのか。何故ユングかぶれした非人間的な小島勝教授の詐欺犯罪に遭わなければならないのか。どうして犯罪者をかくまい、被害者が訴えても相手にしないのか。いったい何が理由で、ここまで蛇蝎のごとく嫌われ憎まれなければならないのか。僕は大学院に入学する前までは、顔は知ってはいたが小島教授と直接話したことがなかった。小島教授とは、大取教授の紹介で知り合ったようなものである。僕は、どうしてこんな人物に詐欺犯罪の被害に遭わせられなければならないのか。無能教授、無能教授とひどいことをいっているが、僕を逆恨みするのはお門違いだ。冷酷で非情な文学部の小島勝教授に学内で犯罪行為を受け、それをいくら訴えても相手にされない。頭にくるのは当たり前だろう。小島教授の犯罪は、もっと大きな犯罪の一環として行なわれたものであり、その大きな犯罪は僕の人生をめちゃくちゃにしてしまった。そして常に生命の危険にさらされている。無能教授、無能教授と言っているのは、龍大の文学部の無能な小島勝教授の教育学専攻と国文学専攻だけを見た上での話しだ。僕は、このふたつの専攻しか知らない。他の学部や専攻については、何も知らない。どうか安心していただきたい。
どうも小島教授の夫人が怪しいのではないかと思う。夫人は、河合隼雄の弟子でユング派である。小島教授とユング派の接点がここにあるのだろう。しかし、これはもう僕にはいかんともし難いことである。龍谷大学は、なぜ小島教授夫妻を庇うのか。
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