自己愛心理学という用語が確かにあったと思うが、これはユング心理学のことではない。しかし、ユング心理学(Jungian psychology)は確かに自己愛(narcissism)の心理学なのである(「自我を失ったら2」http://gorom2.blogspot.com/2015/01/blog-post_4.html)。それも、すさまじいばかりの度を越した自己愛である。
ユング派が、ユングを批判していた“Richard Noll”に対して行なっていたストーカー行為は、この度外れた自己愛の表れである。自己愛もあまりにも極端になると、精神病理の領域になる。A大学でユング派を背景にした詐欺犯罪の被害に遭ったとき、実行犯のK教授はユングの話をするときには、まるで初孫を見るおじいさんのようなうれしそうな愉しそうな顔をしていたが、これも度を過ごした自己愛の表れである。“Jungian”やユングファンになると、例外なくみんなこうなってしまう。危うい自己愛の虜になってしまうのである。A大学に非常勤講師としてきていたB大学(“東”が設立した大学)の教授の酒井汀(Migiwa Sakai)の“達磨さんのにらめっこ”(「自我を失ったら2」http://gorom2.blogspot.com/2015/01/blog-post_4.html)も、すさまじい自己愛の表れである。本当に気持ちが悪かった。今、こいつに会ったら、殴りつけてやりたいほどだ。この気持ちの悪さは、オカマ(同性愛者)を見たときの気持ちの悪さに通じている。同性愛者も自己愛人間なのである。同性愛は、“ホモサピエンス”という種が子孫を残し、種を存続させるということと逆行している。自己愛もまったく同じである。だから不健康である。だから精神病理なのである。自己愛は、人類を滅ぼす病であるかもしれない。
自己愛にとりつかれたユング派は、すさまじいストーカー行為を行う。“Richard Noll”に対して行なっていた頃の時期から見れば、彼らのストーカー行為は世間に見えにくくなっている。これは、それが終息したことを意味しているのではない。それが、より洗練され、科学的になった(科学技術の発達の成果を最大限に利用するようになった)からである。河合隼雄を思い出してほしい。権力に擦り寄り、権力におもねり、権力の分け前に与り、人を支配しコントロールしようとしていたではないか。自己愛人間であるユング派が権力に取り入って人を支配しコントロールしようとし、ストーカー行為を常習的に行っているのである。この行き着く先は、どこなのか。確実に人類は滅びるであろう。
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